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2017年10月25日 (水)

闘う哲学者 村田諒太

先日の選挙の日、裏番組?でやっていた村田諒太の
WBAボクシングミドル級の世界王座決定戦には胸が熱くなりました。

少し前ですが5月に
クローズアップ現代+
で闘う哲学者として特集されていました。

前回の挑戦の時、世界チャンピオンの座をつかめなかった後の村田や著名な学者の言葉で
非常に心に残った言葉があるので、紹介させて頂きます。


── 一番驚いたのは、金メダルを取ったボクサーでありながら、プロデビュー戦の前の日には、お父さんとの電話で涙を流すようなシーンもあったという。

村田選手:考えるとやっぱり最近でいうアイデンティティーってやつですか。自分の存在意義というのが失われてしまうみたいな。本質的なパンチを打たれる、殴って、殴り倒されるっていう恐怖じゃないんですよ。むしろ、その幻想なんですよね。何に対する恐怖かっていうと、自分が世間でこういうふうに思われているであろう自分が、金メダリストであるから、こういうふうな偶像をそこに作って、それを失ってしまう恐怖との闘いだったと思うんですよね。


アドラー(心理学者)の教え(「嫌われる勇気」より)
“これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについて、なんの影響もない。自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなたなのだ。”


フランクル(精神科医)
“人生に意味を求めてはいけない。人生からの問いかけに答えていくことが大切”。
だから、不幸なことがあったりとか、納得のいかないことがあって、何でこうなるんだって人生に対して文句を言ってもしょうがない。
じゃあ、僕が「判定おかしいだろう、俺勝ってたよ」って、思ってもないのに例えばそう言うとするじゃないですか。
それが、人生からの問いかけに対しての最良の答えかというとそうではなくて、人生に対しての最良の答えは何なんだろうと、それを常に探していく。
それって、すごくポジティブな考え方だと思いますし、ある意味では、無駄にポジティブになり過ぎない現実的な考え方でもありますよね。そういう考え方ができるから多分、今落ち着けているっていうところはあると思います。
本からもらったものだったり、父親からもらったものっていうのは、そういうふうなことを少しずつさせてくれているのかなと思いますし、だから改めて、父親が僕の父親でよかったなというふうには思うばかりですね。

村田選手: 結局じゃあ他人がどう思うかとかって全くコントロールできないことなんですよね。じゃあ何がコントロールできるのかというと、結局自分がどうするかっていうことだけがコントロールできて、そのことだけに焦点を合わす。
ボクシングにおいてコントロールできるもの、レフェリーの判断、これはコントロールできないですよね。ジャッジがどういうふうな判断をするか、これもコントロールできない。観客が自分のプレーに対して喜んでくれるかどうか、全くコントロールできないですよね。何がコントロールできるかっていう唯一のものって、やっぱり自分のプレーなんですよ。
アドラーもそういうふうに言いますよね。
“大切なのは、なにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである”。要するに自分に何ができるかですよ。ないものをねだってもしょうがない。こういう言葉は、本当に僕の助けになってくれていますね。


上記の言葉を村田諒太が敗戦後に言っていたのに感銘を受けました。
大変な恐怖、プレッシャーがある中で再選して見事勝ち取った栄冠に敬意を表したいです。
自分のスタイルを貫いた姿勢に感動しました。

10/28にNHKスペシャルやりますが、
世界チャンピオンになった後の村田の言葉も楽しみです。

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